鳥羽周作の父親も凄腕シェフ!料理人になるきっかけは父親の影響!

ミシュラン・ガイド東京で1つ星を獲得したレストラン「sio」のオーナーシェフの鳥羽周作さん。

レストラン「sio」以外の多くのお店店舗を運営し、YouTubeでのレシピ配信や料理本の出版などマルチに活躍されています。

そんな鳥羽シェフは「料理界の革命児」とも呼ばれるようになりましたが、どうして料理人になったのか気になりますよね。

そこで今回は

・鳥羽周作シェフが料理人を目指したきっかけ
・鳥羽周作シェフの父親・孝二さんのこだわり
・鳥羽周作シェフと父親のエピソード

を紹介します!

是非、最後までご覧になってください。

目次

鳥羽周作の父親も凄腕シェフ!料理人になるきっかけは父親の影響?

出典:やまつ辻田ホームページ

鳥羽周作シェフのお父さん鳥羽孝二さんは料理学校を出た後、長年衆議院会館のレストランで長年コックをされていました。

写真は鳥羽周作シェフがミシュランを獲得した時に記念品として送られてきたコックコートを孝二さんが着ています。

鳥羽周作シェフから父親さんの孝二さんにプレゼントしたみたいですね。

鳥羽周作シェフが料理人を目指したきっかけ

出典:Twitter

鳥羽周作シェフが料理好きになったのは、家族の影響が大きい!

とインタビューで語られていました。

父親が洋食屋で働いていて家のご飯はうまかったし、外食に行くにしても「焼肉ならここ」みたいなこだわりの強い家だったんで、その影響は大きかったと思います。

僕自身も、「この弁当屋ならチキン南蛮」「焼きそばを作るならマルちゃん一択」「うまい棒ならチーズ味」みたいな、そういうのが全部自分の中で決まっていました。

食へのこだわりは強かったと思いますね

引用元:好書好日

料理人のお父さんが家でもご飯を作ってくれて、家のご飯が美味しかったことや、家族で食にこだわってたことも料理が好きになったきっかけになっているようですね!

料理人の道へ進むタイミング

料理好きはご家族の影響が大きいようですが、鳥羽周作シェフは元々はサッカー選手を目指しており、料理の世界に入ったのは32歳の時でした。

プロサッカー選手を断念した後、初めて自分自身と向き合い何をして生きていくか考えたようです。

その時に頭の中で

コックコートを着た自分が、厨房で料理をしているイメージが鮮明に浮かび上がった

と鳥羽周作シェフがnoteで語られていました。

また、後日父親の孝二さんとコラボしたYouTubeでもお父さんが料理人となったきっかけと語られていたように、料理人のお父さんの姿を見て育ってきたので、コックコートを着た姿がイメージとして浮かび上がったのでしょうか。

鳥羽周作シェフの父親・孝二さんのこだわり

鳥羽周作シェフが料理人を目指すきっかけとなった父親の孝二さん。

孝二さんは手料理を振る舞い喜んでもらえることが生きがいとなっているようです。

コラボした動画の中でも鳥羽周作シェフの友達が来た際には「キーマカレー」を振る舞っていたと語られていました。

キーマカレーのことを鳥羽家ではドライカレーと読んでいて家庭の味だそうですよ!

鳥羽周作シェフと父親のエピソード

出典:Youtube

鳥羽周作シェフと父孝二さんとのエピソードについて紹介していきます!

①料理人に転向した時の協力

鳥羽周作シェフは最初卵料に挑戦されたようです。

連日卵を大量に買ってきて、毎日実家でオムレツやカルボナーラをひたすら作ってご家族に食べてもらっていたようです。

きっと料理人のお父さんを信頼していたからこそ、お父さんに食べてもらい意見を聞きたかったのかもしれませんね。

ご家族の協力があって食の革命児鳥羽周作シェフは誕生しました!

②今でもご家族の試食は継続

鳥羽周作シェフのレストラン「sio」ではコース・メニューが変わるタイミングで、ご家族を読んで試食をしてもらっているようです。

駆け出しの料理人のときだけではなく、今も続いている関係性がとても素敵ですね。

③本当は学校の先生を辞めて欲しくなかった

父親の孝二さんは慎重派の性格のようで、安定した職業であった学校の先生を本当は辞めて欲しくなかったようです。

ただ、自分で決めたことは小さいことからきちんと努力出来ていたことを知っていたので、最終的には応援することになったようですね。

鳥羽周作の小さい時のエピソードがとてもビックリするのですが、サッカーに打ち込むために、家で勉強する時間がなかったようです。

ただ、教育方針として勉強もしっかりしないとサッカーを続けさせないルールになっていたため、休み時間は遊ばずずっと勉強をされていたようです。

その姿を見ていた先生が心配して家に電話をしてきたというエピソードがありました。

こういった努力を小さい時から見ていたので、応援が出来たんですね。

④1年でミシュランとったことが最高の親孝行

父親の孝二さんはコラボした動画の中でも

1年でミシュランとったことが最高の親孝行

であると語られていました!

鳥羽周作シェフも孝二さんに対して絶対にミシュラン取ると宣言されていて、有言実行で獲得されて凄いですよね!

孝二さんは当初は取れると思っていなかったようですよ(笑)

まとめ

今回は鳥羽周作シェフが料理人を目指すきっかけや父親孝二さんとのエピソードについて紹介しました!

鳥羽周作シェフが今があるのはご家族の協力もあってのことでした。

また、今でも家族仲良く交流があるようでとても微笑ましかったです。

筆者も鳥羽周作シェフのレシピには時々お世話になっているので、今後の新しいレシピについて楽しみにしたいと思います。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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